買収後の後任者まで考える
経営者の役員報酬は年間200万円でしたが、経営者が退任した後、その業務を引き継ぐ人材には年間600万円が必要になると見込まれました。
そのため、単に現在の役員報酬が低いというだけでなく、経営者が担っている業務と、買収後の後任者に必要な費用を確認し、差額400万円を利益から減額しました。
DD事例
対象会社の決算書には、純資産4,000万円、年間利益2,000万円と記載されていました。
財務DDで資産・負債の実態と、買収後も継続すると考えられる利益を確認した結果、実態純資産は2,000万円、正常収益力は年間200万円となりました。
以下は、小規模M&Aで生じやすい複数の論点を、一つの会社にまとめたモデル事例です。
決算書上は資産や利益に含まれていても、買収後にその価値や利益が残るとは限りません。
一方で、すべての発見事項を同じ精度で金額に置き換えることが適切とも限りません。この事例では、調査結果を次の3つに分けて整理しました。
実態純資産は、決算書に記載された資産・負債を、買収後に実際に引き継ぐ価値と負担に置き換えて確認したものです。
この事例では、決算書上の純資産4,000万円に対して、次の調整を行いました。
| 調整項目 | 調整額 | 確認した内容 |
|---|---|---|
| 決算書上の純資産 | 4,000万円 | 調整前の純資産 |
| 回収が難しい売掛金 | △300万円 | 回収可能性を確認して減額 |
| 販売・利用が難しい在庫 | △500万円 | 今後使用できない在庫を減額 |
| 土地の時価差額 | △1,200万円 | 帳簿価額2,500万円を時価1,300万円へ修正 |
| 減価償却不足 | △400万円 | 過年度に行われていなかった減価償却を反映 |
| ゴルフ会員権の時価差額 | △300万円 | 帳簿価額400万円を時価100万円へ修正 |
| 経営者借入金 | +1,000万円 | 分析上、実質的な資本として加算 |
| 未払給与 | △300万円 | 決算書に計上されていなかった給与を反映 |
| 実態純資産 | 2,000万円 | 調整後の純資産 |
売掛金と在庫については、帳簿に残っている金額ではなく、実際に回収、販売または利用できるかを確認しました。
土地とゴルフ会員権は現在の時価に修正し、行われていなかった減価償却と、決算書に計上されていなかった未払給与も反映しました。
借入金のうち1,000万円は、経営者が会社へ提供した資金でした。
この事例では、金融機関借入とは性質が異なるため、実態純資産の分析上は実質的な資本として加算しています。ただし、会計上・法律上は会社の債務です。
M&Aでは、この借入金を株式価格に反映するのか、株式譲渡とは別に返済するのか、買い手が債権を取得するのか、買収後も会社の債務として残すのかを検討します。
株式価格だけでなく、経営者借入金を含めた買い手の総負担額を確認する必要があります。
正常収益力は、一時的な収益・費用や、買収後には継続しない条件を調整し、買収後にどの程度の利益が残るかを確認したものです。
この事例では、決算書上の年間利益2,000万円に対して、次の調整を行いました。
| 調整項目 | 調整額 | 確認した内容 |
|---|---|---|
| 決算書上の年間利益 | 2,000万円 | 調整前の利益 |
| 後任者に必要な人件費 | △400万円 | 役員報酬200万円を後任者の人件費600万円へ修正 |
| 経営者所有物件の賃料 | △500万円 | 支払賃料300万円を適正賃料800万円へ修正 |
| 毎年必要となる減価償却費 | △200万円 | 買収後も継続する費用を反映 |
| 取引が終了した得意先 | △400万円 | 買収後に継続しない利益を除外 |
| 一時的な広告宣伝費 | +300万円 | 通常は発生しない一時的な費用を除外 |
| 一時的な補助金収入 | △600万円 | 通常は発生しない一時的な収入を除外 |
| 正常収益力 | 200万円 | 調整後の年間利益 |
経営者の役員報酬は年間200万円でしたが、経営者が退任した後、その業務を引き継ぐ人材には年間600万円が必要になると見込まれました。
そのため、単に現在の役員報酬が低いというだけでなく、経営者が担っている業務と、買収後の後任者に必要な費用を確認し、差額400万円を利益から減額しました。
対象会社は、経営者が所有する建物を年間300万円で借りていましたが、適正な賃料は年間800万円でした。
買収後も同じ建物を使用する場合、年間500万円の追加負担が生じるため、その差額を正常収益力へ反映しました。
取引が終了した得意先から得ていた利益400万円と、一時的な補助金収入600万円は、買収後に継続しないため除外しました。
一方、一時的に実施した広告宣伝費300万円は、通常の事業運営では発生しない費用として利益に加算しました。
一時的な利益だけでなく、一時的な費用も区別することで、買収後に残る利益を確認します。
正確な金額を計算できる事項であっても、会社の規模や買収判断への影響に比べて、精緻な計算に必要な時間と費用が大きくなる場合があります。
その場合は、影響を無視するのではなく、まず概算で負担の規模を把握し、さらに詳細な計算が必要かを判断します。
対象会社には退職金制度がありました。
上場企業などでは、将来の退職金負担について精緻な計算を行い、退職給付引当金を計上します。一方、小規模M&Aでは、同じ水準の計算を行うことが、買収判断に対して費用に見合わない場合があります。
この事例では、退職金規程、対象者、勤続年数、外部積立の状況などから将来負担を概算しました。そのうえで、買収価格や買収後の資金計画で考慮する必要がある事項として整理しました。
財務DDで確認する事項には、調査時点で一つの金額に置き換えることが難しいものや、金額を出すことよりも買収後の対応を検討することが重要なものもあります。
この事例では、次の事項を定性的に整理しました。
主要な取引先との関係や重要な業務判断が、経営者個人に集中していました。
買収後も事業を継続するためには、誰がその役割を引き継ぐのか、経営者からどの程度の引継期間を確保するのかを検討する必要があります。
売上と利益の一部が、特定の取引先に偏っていました。
現在の取引が買収後も継続するかを確認し、取引条件の変更や取引終了が業績と資金繰りへ与える影響を検討する必要があります。
月次の経理処理や在庫管理の一部が、経営者や限られた担当者の経験に依存していました。
買収後も同じ方法を続けられるかを確認し、必要に応じて月次決算、在庫管理、社内の確認手続を整備する必要があります。
この事例では、財務DDにより、決算書上の純資産4,000万円は実態純資産2,000万円に、年間利益2,000万円は正常収益力200万円になりました。
ただし、実態純資産や正常収益力が、そのまま買収価格になるわけではありません。これらは、企業価値や株式価格を検討するための基礎となる数字です。
また、金額を修正するだけでなく、次の対応も必要になります。
| 調査結果 | 必要な対応 |
|---|---|
| 経営者借入金 | 処理方法を売主と協議する |
| 未確認事項 | 必要な追加確認を行う |
| 法務・労務上の論点 | 契約条件を検討し、弁護士・社会保険労務士へ引き継ぐ |
| 買収後の課題 | 人員、資金、経理・管理体制を準備する |
財務DDは、問題点を列挙するだけの調査ではありません。
調査結果を、買収前の確認、価格の検討、契約条件、買収後の対応につなげるために行います。